すしづめ

お尻の絵とか描いてます







ファールボールが飛んできたから

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 ほとんど初対面の女の人に映画に誘われたのは、19歳の春のことだった。映画嫌いの僕を映画に誘うかと思ったけど、ほとんど初対面なのだから仕方がない。物事には順序というものがある。映画はファンタジーものだった。本棚の奥が異世界に繋がっていて、子どもたちがその世界を救おうと奮闘するという、映画版ドラえもんのようなシナリオだった。物事の順序を考える時にそういう展開は扱いやすいのだろう。

 

 映画が終わるとすでに夕方で、自然と居酒屋に行く流れになった。僕は19歳だったから本当はお酒を飲んではいけないんだけど、ビールをのんだ。あと3ヶ月もすれば20歳になる、という19歳だったから許してほしい。

 

 話題はほとんど初対面の2人らしく、共通の知人の話から始まり、だんだんと自己紹介の様相を帯びていった。好きな音楽の話、好きな本の話、カッコつけれる自分の生い立ち、リボンをつけた彼女の生い立ち、少しの沈黙、それを破る店員の声と注文のつくね(タレ)、思い出したような小話。ほとんど初対面なのだからそれほど話題があるわけではない。物事には順序というものがやっぱりある。まだ互いを知る階段の3段目。1段1段踏みしめてゆきたい。意見を擦り合わせてゆきたい。彼女から「お笑い好き?」という質問が来れば、まあまあ好きという程度だけれど「好き」と即答するよ。意見は擦り合わせないといけないのだから。

 

「何が一番好き?」

「ダイナマイト関西が好きです」

「えっほんまに?」

「うん、バッファロー吾郎面白いから」

「私ダイナマイト関西のDVD持ってる」

「へえ、そうなんですか」

「私の家ここから歩いて行けるし、観に来る?」

「いやいやいや、そんなお邪魔になりますから」

「大丈夫大丈夫、それにもう終電ないでしょう?」

 

 …

 

 …

 

 全裸で見知らぬ天井を見つめていたその時、ようやく僕は踏みしめていた階段がエスカレーターだったことに気づいた。物事の順序はいくつもすっ飛ばされていた。すでに僕らは言葉ではなく身体を擦り合わせていた。

 

 その光景は当時の僕にとって刺激が強すぎた。行為は恋を温めた末の結果だと思っていたし、その恋がまさか30分足らずで温まるものだとは思ってもいなかった。想像だけれど北京ダックを焼くより早いんじゃないか。皮しか食べないやつより早く出来上がるのか、恋は。

 

 あまりの緊張で行為それどころではなかった。崩れ去った恋のイメージを無理くり書き換えようとしたが身体は正直だった。僕は絶好級を打ち損ねたのだ。「タイミングは合ってるんですよ」解説者は言うだろう。「ほら見てください、ボールが真後ろに飛んでいるでしょう。ああいうファールボールになるってことは、タイミングが合っている証拠なんです」。

 

 「ダイナマイト関西」を合言葉にした恋は、その冬には終わった。あれから何年経ったのだろう。あの時打ったファールボールは、毎年この時期になると僕をめがけて飛んでくる。「ファールばっかり打ってても、前へ飛ばさなきゃ何の意味もありませんね」。解説者の一言は寒い夜には厳しい。