すしづめ

お尻の絵とか描いてます







たばこReturns

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 幼いころはたばこが嫌いだった。父親(マイルドセブン)や祖父(キャスター)の口から出てくる明らかに体に悪い風にしか見えない煙を見て、なぜあんなものを体に入れるのだと思っていた。焚き火の煙は吸うなと言うのにたばこの煙を吸う奴等が嫌いだったし、吸わないと思い込んでいた母親が遊園地のベンチで吸っているのを見たのはショックだった。母親は焦って火を消し「お父さんには言ったらアカンで」と言った後、ソフトクリームを買ってくれた。餌付けである。後にも先にも味のしないソフトクリームはあの時限りだ。

 

 想いは兄弟揃って同じだった。多分たばこを吸ってさえいなければ父親はもっと姉に好かれていたと思うし、弟と僕は一生たばこを吸わないという約束もしていた。それが今では兄弟全員たばこを吸うようになった。幼いころの約束は幼いころの間でしか効力を成さないのである。僕が初めて自発的に吸ったのは、いけないことだが中学生の頃だった。女性用のほっそいたばこを興味本位とほんの僅かな反抗期もあって吸ってみると、別段気分も良くならないし、悪くもならない。残るのは口内の僅かな苦味だけだった。その頃は肺に入れるものだということは知らず、ただふかしているだけで習慣にはならなかった。

 

 僕が本格的にたばこを吸い始めたのは大学生になった頃だった(これもいけないことだ)。周りの皆が吸っているので自分も、みたいな気持ちだった。駅のそばのたばこ屋で買って、帰りの道で吸った。その頃になると煙を肺に入れるという文化も知っていたので、試してみると御多分に漏れずむせた。頭がクラクラして吐き気がした。家までの残り500mが富士山頂のように遠く感じた。体質的に吸えない身体なのではないかと思ったが、生まれてこのかた入院したことのない健康体なのに、と思うと無理にでも身体に慣れさせてやろうと訓練した。本末転倒という言葉は僕の人生によく当てはまる。

 

 次第にたばこの楽しみも分かるようになってきた。朝起きた時に吸って、少し気分が良くなればその日は健康、火を消したくなれば風邪気味、というような体調のバロメーターにもなっていた。食後の一服は至福だし、彼女が居た頃には寝る前にたばこを吸おうとして怒られてそれでも吸って仕方ないねと言われる感じが大好きだった。

 

 いつだったか、たばこが増税した。それに伴い父親はたばこをスッパリやめた。肺気腫になって死んでいった祖父のこともあったかもしれないが、こんなに簡単にやめれるのかというくらいスッパリやめた。当時はすでに弟も姉もたばこを吸い始めていたので、リビングにはいつでもぷかぷか煙が蔓延していた。それでも父親はやめたのである。禁煙してはまた吸い、を繰り返していた当時の僕は初めて父親の偉大さを感じた。

 

 今では父親は会社を定年退職し、再度雇用されまだ働いているがたばこは一切吸っていない。

 姉はもう30歳になるのにキレ症持ちで、家事はできないやる気が無い。平気で部屋でたばこを吸うのでまだ結婚できないと思う。

 結婚した弟はたばことギャンブルがやめられず、しばしば実家へ無心に来る。両方嫁にやめろと言われているがやめようとしない。僕はギャンブルはやらないが、怒られると悦ぶM基質は僕に似ていると思う。

 毎日が休日の僕はほとんど外出しない。金はほとんどたばこでしか使わない。むしろたばこを買わねば金は使わない、買い物にも出ない。僕にとってたばこを買うことは社会との唯一の接点になりつつある。

 

 ところで母親は、今も昔も変わらずずっと隠れてたばこを吸っている。僕が確認する限りでは、朝起きて洗濯物を干しに行く際に1本。自営業の喫茶店でスキを見つけて数本。夜洗濯物を取入れる際に1本。僕は何度と無く目撃しているが、決して口には出さない。明らかにバレバレなのに焦りながら火を消す母親には何も言えない。きっと彼女は自分がたばこを吸っていることはバレていないと思っている。それでも僕は何も言わず、母親がたばこの火を消すまで視線を泳がせ、見て見ぬふりをする。幼いころの餌付けの効果は今も生きているよ、母さん。