すしづめ

お尻の絵とか描いてます







2017年4月28日 佐川急便に呪われた日

「佐川急便です〜荷物お届けに伺ったんですがいらっしゃいます?」

「いや、今ちょっと出てまして」

「あ、そうなんですか〜。さっき奥さんから電話があって、お子さんを保育所に迎えに行くからガスメーターの下に置いといてって言われたんですけど、それでいいですかあ?」

「え」

「え」

「すみません、電話掛け間違いじゃないですか。配達先は私の住所で私の名前になってますか」

「そうですねえ、はい」

「ぼく、奥さんも子どももいないんですけど」

「え」

「え」

「怖いですね、それ」

「ですね」

原初の記憶

原初の記憶を思い出すことは脳に良いと茂木健一郎がテレビで言っていた。

 

 

僕は茂木健一郎の言うことは信用する。

「ある曲のメロディーを思い浮かべるだけで、他の鳴っていないはずの音も一緒に鳴っているように感じる。これは脳の働きである。」みたいなことを彼は言っていて、なるほどその通りだと思って以来僕は茂木健一郎が言うことは信用する。でも口八丁で宗教に丸め込まれる人の気持ちはわからない。

 

 

僕の原初の記憶は幼稚園の頃だ。

昼休みの終わりと同時に女の子に呼び止められ 、チュッとキスされた。

 

 

まず僕のアタマに思い浮かんだのは「なぜ」だ。

彼女には幼なじみのT野くんがいるはずなのだ。

僕は彼女がT野くんと親しくおままごとをしているのを何度も目にしていたのだ。

T野くんの家の前で2人出かける所も目撃しているのだ。

 

 

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「なのに、なぜ」の声が当時の写真から聞こえてくる。

 

 

 

 

突然だけれど、一言茂木さんに言いたい。

茂木さん、なぜ僕にこの記憶を思い出させたのですか。

思えばこの瞬間から僕の女の子に対する振る舞いが決まったのです。

僕は自分からなんだかんだと仕掛けることが出来なくなったのです。

僕は偶然の出会いと強烈な愛撫をただ待つだけの案山子になってしまったのです。

たとえインコース高めに球が来ても微調整が効かないのでファールボールしか打てんのです。

 

あなたはこの現実を僕に改めて突き付けた。

これから僕の姿勢はより強固になるでしょう。

  

彼女にしてみれば、なんてことのないただのイタズラだったのだろう。

けれどそれが、今になっても僕の振る舞いの足枷になっているのだ。

女性は時に理解しがたいというイメージを持ったシャイな案山子は田んぼに植え付けられ動けないまま20年の時が経ってしまった。

 

 

 

先の写真は数年前アルバムを見返している時に見つけたものだ。

やはりその頃から僕の中の何かがすっぽりと抜け落ちている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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写真は正直だ。

ファールボールが飛んできたから

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 ほとんど初対面の女の人に映画に誘われたのは、19歳の春のことだった。映画嫌いの僕を映画に誘うかと思ったけど、ほとんど初対面なのだから仕方がない。物事には順序というものがある。映画はファンタジーものだった。本棚の奥が異世界に繋がっていて、子どもたちがその世界を救おうと奮闘するという、映画版ドラえもんのようなシナリオだった。物事の順序を考える時にそういう展開は扱いやすいのだろう。

 

 映画が終わるとすでに夕方で、自然と居酒屋に行く流れになった。僕は19歳だったから本当はお酒を飲んではいけないんだけど、ビールをのんだ。あと3ヶ月もすれば20歳になる、という19歳だったから許してほしい。

 

 話題はほとんど初対面の2人らしく、共通の知人の話から始まり、だんだんと自己紹介の様相を帯びていった。好きな音楽の話、好きな本の話、カッコつけれる自分の生い立ち、リボンをつけた彼女の生い立ち、少しの沈黙、それを破る店員の声と注文のつくね(タレ)、思い出したような小話。ほとんど初対面なのだからそれほど話題があるわけではない。物事には順序というものがやっぱりある。まだ互いを知る階段の3段目。1段1段踏みしめてゆきたい。意見を擦り合わせてゆきたい。彼女から「お笑い好き?」という質問が来れば、まあまあ好きという程度だけれど「好き」と即答するよ。意見は擦り合わせないといけないのだから。

 

「何が一番好き?」

「ダイナマイト関西が好きです」

「えっほんまに?」

「うん、バッファロー吾郎面白いから」

「私ダイナマイト関西のDVD持ってる」

「へえ、そうなんですか」

「私の家ここから歩いて行けるし、観に来る?」

「いやいやいや、そんなお邪魔になりますから」

「大丈夫大丈夫、それにもう終電ないでしょう?」

 

 …

 

 …

 

 全裸で見知らぬ天井を見つめていたその時、ようやく僕は踏みしめていた階段がエスカレーターだったことに気づいた。物事の順序はいくつもすっ飛ばされていた。すでに僕らは言葉ではなく身体を擦り合わせていた。

 

 その光景は当時の僕にとって刺激が強すぎた。行為は恋を温めた末の結果だと思っていたし、その恋がまさか30分足らずで温まるものだとは思ってもいなかった。想像だけれど北京ダックを焼くより早いんじゃないか。皮しか食べないやつより早く出来上がるのか、恋は。

 

 あまりの緊張で行為それどころではなかった。崩れ去った恋のイメージを無理くり書き換えようとしたが身体は正直だった。僕は絶好級を打ち損ねたのだ。「タイミングは合ってるんですよ」解説者は言うだろう。「ほら見てください、ボールが真後ろに飛んでいるでしょう。ああいうファールボールになるってことは、タイミングが合っている証拠なんです」。

 

 「ダイナマイト関西」を合言葉にした恋は、その冬には終わった。あれから何年経ったのだろう。あの時打ったファールボールは、毎年この時期になると僕をめがけて飛んでくる。「ファールばっかり打ってても、前へ飛ばさなきゃ何の意味もありませんね」。解説者の一言は寒い夜には厳しい。

たばこReturns

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 幼いころはたばこが嫌いだった。父親(マイルドセブン)や祖父(キャスター)の口から出てくる明らかに体に悪い風にしか見えない煙を見て、なぜあんなものを体に入れるのだと思っていた。焚き火の煙は吸うなと言うのにたばこの煙を吸う奴等が嫌いだったし、吸わないと思い込んでいた母親が遊園地のベンチで吸っているのを見たのはショックだった。母親は焦って火を消し「お父さんには言ったらアカンで」と言った後、ソフトクリームを買ってくれた。餌付けである。後にも先にも味のしないソフトクリームはあの時限りだ。

 

 想いは兄弟揃って同じだった。多分たばこを吸ってさえいなければ父親はもっと姉に好かれていたと思うし、弟と僕は一生たばこを吸わないという約束もしていた。それが今では兄弟全員たばこを吸うようになった。幼いころの約束は幼いころの間でしか効力を成さないのである。僕が初めて自発的に吸ったのは、いけないことだが中学生の頃だった。女性用のほっそいたばこを興味本位とほんの僅かな反抗期もあって吸ってみると、別段気分も良くならないし、悪くもならない。残るのは口内の僅かな苦味だけだった。その頃は肺に入れるものだということは知らず、ただふかしているだけで習慣にはならなかった。

 

 僕が本格的にたばこを吸い始めたのは大学生になった頃だった(これもいけないことだ)。周りの皆が吸っているので自分も、みたいな気持ちだった。駅のそばのたばこ屋で買って、帰りの道で吸った。その頃になると煙を肺に入れるという文化も知っていたので、試してみると御多分に漏れずむせた。頭がクラクラして吐き気がした。家までの残り500mが富士山頂のように遠く感じた。体質的に吸えない身体なのではないかと思ったが、生まれてこのかた入院したことのない健康体なのに、と思うと無理にでも身体に慣れさせてやろうと訓練した。本末転倒という言葉は僕の人生によく当てはまる。

 

 次第にたばこの楽しみも分かるようになってきた。朝起きた時に吸って、少し気分が良くなればその日は健康、火を消したくなれば風邪気味、というような体調のバロメーターにもなっていた。食後の一服は至福だし、彼女が居た頃には寝る前にたばこを吸おうとして怒られてそれでも吸って仕方ないねと言われる感じが大好きだった。

 

 いつだったか、たばこが増税した。それに伴い父親はたばこをスッパリやめた。肺気腫になって死んでいった祖父のこともあったかもしれないが、こんなに簡単にやめれるのかというくらいスッパリやめた。当時はすでに弟も姉もたばこを吸い始めていたので、リビングにはいつでもぷかぷか煙が蔓延していた。それでも父親はやめたのである。禁煙してはまた吸い、を繰り返していた当時の僕は初めて父親の偉大さを感じた。

 

 今では父親は会社を定年退職し、再度雇用されまだ働いているがたばこは一切吸っていない。

 姉はもう30歳になるのにキレ症持ちで、家事はできないやる気が無い。平気で部屋でたばこを吸うのでまだ結婚できないと思う。

 結婚した弟はたばことギャンブルがやめられず、しばしば実家へ無心に来る。両方嫁にやめろと言われているがやめようとしない。僕はギャンブルはやらないが、怒られると悦ぶM基質は僕に似ていると思う。

 毎日が休日の僕はほとんど外出しない。金はほとんどたばこでしか使わない。むしろたばこを買わねば金は使わない、買い物にも出ない。僕にとってたばこを買うことは社会との唯一の接点になりつつある。

 

 ところで母親は、今も昔も変わらずずっと隠れてたばこを吸っている。僕が確認する限りでは、朝起きて洗濯物を干しに行く際に1本。自営業の喫茶店でスキを見つけて数本。夜洗濯物を取入れる際に1本。僕は何度と無く目撃しているが、決して口には出さない。明らかにバレバレなのに焦りながら火を消す母親には何も言えない。きっと彼女は自分がたばこを吸っていることはバレていないと思っている。それでも僕は何も言わず、母親がたばこの火を消すまで視線を泳がせ、見て見ぬふりをする。幼いころの餌付けの効果は今も生きているよ、母さん。

もし中学生に戻れたら

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 僕は26歳だが平日昼間でも家でYoutubeを観ているので、犬の散歩は僕の役目だ。以前は18時前後がその時間だったが、最近は僕が四六時中家にいるのを犬も分かっているから、まだ日の登っているうちに散歩に連れて行けと吠え出す。僕は犬が すきなので吠えられるとホイホイ散歩に連れて行く。

 

 僕が通っていた中学校の周りを回るのがいつもの散歩のコースだ。すれ違うのは買い物に出かける主婦や同じように犬の散歩をするおじさん、ヤンキーだった。それが白昼散歩になってからは、下校する中学生がメインになった。彼らはグラウンドで部活に勤しむ連中に どこか引け目を感じている。我々は陰キャラだからというオーラが滲み出ている。皆僕を見ると平日昼間からなにやってんだこのおっさんという目になる。我々は陰キャラなだけだから将来お前みたいにはならないぞという湿ったオーラが見える。僕はお前らのうちの何人かはこうなるぞ、という視線を返す。彼らは目を逸らす。

 

 ふとテニスコートに目をやると、ソフトテニス部が練習している。僕は彼らの先輩である。同じようにそのコートで汗を流した先輩である。僕らが現役の頃の練習はとてもハードで、年の休みは盆と正月の合わせて1週間にも満たないものだった。平日の練習は球が見えなくなるまで吐きそうになるほど走り回った。おかげで近畿大会に優勝した(僕は主に強いペアにやられる役として活躍)が、最後の大会には団体戦のメンバーから外された。

 

 もし今中学生に戻れたら、と考える。当時顧問に何度怒鳴られても分からなかったことが今なら分かる気がする。今の現役生の練習はダラダラしていて、散歩中の道路から怒鳴りつけてやりたくなる。僕もこっち側に来ているのだ。だから分かる気がする。少なくとも分かろうとする。顧問のよき理解者になれると思う。僕は間違いなく当時より上手くなって、どこかの高校から推薦が来て、進路も変わり、平日昼間からこうして犬の散歩をしていなかっただろう。

 

 でもやっぱり中学生に戻りたくない。顧問は数年前に病気で亡くなった。小学生の頃からの親友は自殺した。先輩はネズミ講にハマった。そうなる未来が分かっていて、彼らと目を合わすことは苦痛だ。

 

 彼らも出来ることなら過去に戻りたいはずだ。顧問は自分の体と家族に気をかけて過ごすだろう。同級生にそそのかされて入りたくもない大学に入学した親友は別の進路を選ぶだろう。ネズミ講は今が幸せかもしれないので過去に戻りたくないかもしれない。各々に未来を告げ口すれば違う道が開けるかもしれないが、一歩間違えば僕は死神になる。僕が殺すことになる。こんな博打なことはない。

 

 現実に戻ると僕は平日の昼間から犬の散歩をしている。もし中学生に戻れたら、26歳の僕は平日昼間に家に居ないかもしれない。犬は人生の大半をひとりぼっちで過ごすことになっていたかもしれない。だからやっぱり中学生には戻りたくない。

お尻スケッチ

訳あってはてなブログをPROを開設することになった。これまでは違うブログをやっていたが、せっかく月額700円払うので

 

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僕はおっぱいよりもおしりが好きだ。

先日部屋の掃除をしていたら、「お尻スケッチ」なるメモ帳が出てきた。

2年ほど前に何を思ったか始めたものだ。一部を紹介する。

 

 

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一番最初のもの。左の絵からまだおっぱいへの未練も感じられる。

 

 

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その2日後。右下の反省メモが光る。日付は2012/8/12。クソ暑い時に何を思いながら描いたのか。

 

 

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翌日。影を描きすぎてケロイドのような仕上がり。

 

 

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一月ほど飛んだ日のもの。影の苦しみから開放されたようだ。スケッチはここで途絶えている。

 

 

見返してみると案外描けていることに驚いた。大学受験3ヶ月前に突然芸大のデザイン科に入ろうと思い立ち、小学生だらけの絵画教室でデッサンを習っていただけはある(受験には当然のように落ちたし、教室へは不登校になった。親に買わせた高い鉛筆は今も山ほど残っている)。